『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 – 永遠と自動手記人形 -』を観てきた。“京アニクオリティ”は受け継がれると思った。

京都アニメーション製作の劇場版アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 – 永遠と自動手記人形 -』を観てきました。

2019年7月の事件により、会社自体の存続もそうですが、京アニが誇るアニメ政策の技術も失われてしまう危機にあるのであるのではないかと思うと、胸が張り裂ける想いです。

しかし映画を観て、私は“京アニクオリティ”を感じ、受け継がれていく希望を感じました。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 – 永遠と自動手記人形 -』を観て感じたこと。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 – 永遠と自動手記人形 -』は京都アニメーション製作のTVアニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の劇場版です。

話の内容は総集編などではなく、TVシリーズにはない新しい話で、タイトル通り外伝です。

当初、この映画は3週間の期間限定での上映でしたが、2019年9月29日現在、4週目以降の上演が行われています。

トップの画像は4週目以降の特典でキャラクターデザイン・総作画監督を担当した高瀬亜貴子さんのミニ色紙です。

この記事では作品を観た感想、そして、私自身は一ファン以上の何者でもない部外者でしかないのですが、あの事件以降の、つまり今後の京アニについて思うところを記したいと思います。

京アニのやりたいことが詰まっていると感じた

アニメ制作会社の中で、京アニは画面づくりの丁寧さだけでなく、その手法も革新的・野心的だとされ、業界をリードしてきました。

今作品には、そんな基本に忠実ながら新たな試みをしているクリエイター集団の「やりたいこと」のようなものを感じました。

舞台は非現実の世界

まず内容についてですが、物語の筋に関してはぜひ劇場へ足を運んで観てほしいと思いますので、この記事では基本的に触れません。

概要・あらすじに関しては公式サイトを御覧ください。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -』公式サイト

代筆を通して人の心に触れる少女・ヴァイオレットと、新たな依頼主・イザベラとの物語──『ヴァイオレット・エヴァーガーデン …

ではここからは、私が映画を観て感じたこと、考えたことなどを述べていきたいと思います。

率直にTVアニメシリーズも含めて「京アニのやりたいことが詰まっている」と思いました。

とはいっても、私は一視聴者に過ぎないので、正確に言えば「京アニはこういうことをやりたかったのかな」と思ったということです。

具体的には、物語の舞台が非現実の世界ということです。

非現実、つまりはファンタジーなのですが、剣や魔法のが存在する異世界を舞台にするようなファンタジーではありません。

「非現実の世界」とは、1から世界の設定=世界観を作り上げ、物語を構築しているということです。

そのなにが「京アニのやりたかったこと」なのかと思うのかというと、アニメで人とその内面描くということを、その舞台や背景、そして物語内での歴史を含めて、全てを自分たちで創るという、ある種の意気込みを感じたということです。

例えば『涼宮ハルヒの憂鬱』や『けいおん!』などは登場人物が生きる世界と、それぞれ神戸三宮や京都などの現実の土地が、明示されてはいなくともハッキリと結びついてしまいます。

いわゆる「聖地巡礼」という行動にも簡単に繋がります。

また他の一部の作品、例えば『日常』や『小林さんちのメイドラゴン』は、そういった場所性が、そもそもそれほど重要な作品ではないと思います。(ある意味最も聖地として定着している『らき☆すた』は、物語ではなくオープニングの背景によるので、こちらの作品になると考えています。ただ同時に「埼玉の女子高生」という点では前者でもあります。)

一方、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は海外に取材に行っているようで、モデルとなった建物などは実在するだろうと推測しますが、神戸や京都のように土地そのものをそっくりそのまま舞台としたということはないのだと感じました。

事実、物語内の地名や歴史はすべて創作です。

これがどういうことかと言うと、特定の土地やその歴史に縛られることなく、人間とその内面を描けるということです。

例えば、明らかに日本を舞台にするとキャラクターは「この年齢だと高校生で」「こういうアイテムを持っていて」「こういうことに興味があって」…などと、かなり規定されてしまいます。

しかしそういった場所性・時代性を可能な限り薄めることによって、物語内の設定や環境に過度に規定されることなく、人物像を思うままに創ることが出来るようになるのです。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は非現実の世界と言いました。

実際、ヴァイオレットの金属の義手外見だけでなくその人の心が理解できないことを象徴するようなは超科学的な代物です。

しかし仮に、この作品が「〇〇年代のヨーロッパを舞台にした…」というものだったら、あのような現代科学でも実現できない精密機械のような義手は場違いのものになってしまうでしょう。

あの金属の義手、延いてはキャラクターの内面やそこから展開する物語を、そして作り手の想いを余すところなく表現するためには、舞台から歴史からつまりその世界観を、全てを1から設定・構築する必要があるのです。

それをやろうとすると、あらゆる意味でコストが膨れ上がりますが、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』はそれを試みているのです。

わたしはそこに、「京アニのやりたいこと」「意気込み」を見出します。

その証拠ではないですが、非現実の世界を破綻させずに構築させるためか、職掌に「世界観設定」というものがあり、これを『ストライクウィッチーズ』などでもしられる鈴木貴昭さんが担当しています。

現実を参照し、虚構の世界を構築している

それでもやはり、ありとあらゆるもの全てを京アニが考え出し、作り上げたというわけではありません。

さきほど「場所性・時代性を可能な限り薄めること」と述べましたし、海外に取材しに行っているように、あくまで現実を参照しています。

しかしこれは「現実から借り物をしているからレベルが低い」といった話ではありません。

現実から借りてそれを「薄め」、さらにそこにオリジナリティ(例えば「義手」)を絶妙なバランスで加味することによって、世界は非現実ながら描かれる物語や人間と感情は、作り手の想いをこの上なく反映した上で、観客の心に届く、リアリティのあるものになっているのです。

このように「しっかりと人間とその内面をリアリティをもって自分たちの手で描き伝える」、これが京アニのやりたいことだと思ったのです。

それは作品全体を通してもですが、細部にも散見されます。

例えば私が今回観た『外伝』では女学校が舞台となっているのですが、その教室内で生徒が挙手する際は、日本の学校で手のひらを広げて手を上げるのではなく、人差し指1本だけを伸ばし挙手しています。

これは現代のヨーロッパでは一般的で、つまり手のひらを見せて挙手するのは、ナチスドイツのヒトラーを想起させるのでタブーとなっています。

非現実の『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の物語の中の歴史にはヒトラーは存在しないでしょうが、ヴァイオレットも送り出された戦争にはそれに類する組織や人物がいたのかもしれません。

そして学校でそういった人差し指の挙手が採用されているということは、その戦争が終わった後の世界ということが示されていると考えられます。

そのほかにも、『外伝』の前半部分の女学校の中の世界は女性同士の恋愛、いわゆる「百合」的な要素が色濃く描かれていますし、ヴァイオレットが自動手記人形(ドール)として働く職場で、結婚後の働く女性の生き方についても言及しているシーンがあります。

また、今作の主要人物の1人である男性の郵便配達人ベネディクト・ブルーが履いているハイヒールのブーツが度々アップで映し出されます。

これらは現代社会で女性スタッフの割合が高い京都アニメーションがどのような意図を持ってその画を作っていいったのかなどは、非常に興味深いところです。

こういった部分にも現実の土地や歴史を参照した上で非現実の物語として再構築することで、どういうことを表現したかったのかが現れていると思います。

他にも、そのような思想的な話だけでなく、バイクで少女と旅をするロードムービーを思わせるようなシーンがあり、それをみると「作者はこういう絵や場面をつくってみたかったのかな」と思い、きっと「やりたいことを詰め込んだのだな」と私は感じるのです。

エポックメイキングな作品ではないが…

さて、ここまで主に内容的な部分について書いてきました。

本当に美しい物語であり、私は鑑賞していて、純粋にその内容部分に感動し目頭が熱くなりました。

ただし、率直に言ってこの『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 』がエポックメイキングな、つまり物語内容的な意味で優れて時代を画するような作品かと言えば、私はそうは思いませんでした。

そういった尺度で捉えるなら、京アニの他の作品の方が当てはまります。

それには、様々な意見があるでしょうが、私は『涼宮ハルヒの憂鬱』『AIR』『けいおん!』の3作品を挙げます。

私にとっては、まずは『ハルヒ』です。

「アキバ」や「萌え」と幅広いメディアで取り上げられるようになってきた当時、多くの人が衝撃を受けたのと同じように、深夜何気なくテレビを見ていて、私も衝撃を受けました。

『ハルヒ』が「アキバ」や「萌え」などの今にも続くサブカルチャーの広がりの発端となった部分もあると思っています。

次の『AIR』は『ハルヒ』より以前の作品ですが、私が鑑賞し影響を受けた順番としてこうしてあります。

『AIR』は私が一番好きな作品です。

その夏を感じさせる切ない物語と絵には、今まで何回を見返したほど魅了されました。

今年は聖地にも行ってきました。

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また内容的には、思想家の東浩紀さんの著作にあるように、現代社会にいる「オタク」という存在を問うような、「批評に耐えうる」作品でもあります。

原作はゲームブランドのKeyですが、その作品を解釈しアニメとして再構築しつつ、その原作の持つ内容の深さや雰囲気を最大限に引き出したのは、京アニの持つ技術・力量によるところが大きいと思います。

最後に『けいおん!』ですが、いわゆる「日常系」の作品で、内容的には前の2つのような深さはありません。

ただし、オタク以外の一般社会への影響という意味では『ハルヒ』以上と言えます。

当時の電車内には、ごく普通の明るい(いわゆる陰キャではない)高校生の男女が楽器を持ち、そのケースにキャラクターのキーホルダーを付けていましたし、私の周りのオタクとは縁遠いい人たちも、「けいおん観た。面白かった。」という人が多くいました。

つまり、「オタク-一般」という垣根の大部分を取り払った作品という意味で、大きな作品です。

また、原作はハッキリ行ってしまえばキャラが可愛いだけの内容の薄い作品ですが、京アニがその可愛さなどをさらに増しつつ、普通の女子高生たちの青春の物語としてまとめ上げたのは、やはり特筆すべきことだと思います。

また他の有名アニメ作品と比較できるのも、この3作品だと思います。

例えば、90年代のアニメといえば『新世紀エヴァンゲリオン』ですが、00年代といえば『ハルヒ』と『けいおん!』の名前が挙がることが珍しくありません。

『AIR』に関しても、先に挙げた東浩紀さんは、オタク世界では『エヴァ』のあとに位置づけられる作品としています。

このように京アニはアニメというジャンルを超えた時代を表すような作品を多数製作している会社です。

しかし『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』に関しては、内容的にそのようなエポックメイキングなさ作品の中に位置づけられるものではないと、私は感じます。

では『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が劣る作品なのかと言えば、そうは考えてはいません。

確かに物語内容や社会への影響といった点では、上記の3作品に及びません。

ただしその3作品とは異なるのは、原作がないという点です。

厳密にはKAエスマというライトノベルブランドの作品ですが、これは京アニが母体となっているブランドなので、京アニが発掘したと言えると思います。

また賛否はありますが、KAエスマの作品はアニメ化される際には大きく改変される傾向があり、その関係性なども含め、KAエスマ原作の作品は京アニ原作と言って良いのではないかと思います。

これは先ほど「京アニのやりたいことが詰まっている」といった部分でも述べましたが、京アニは「自分たちで1から作品を作る」という意気込みや意志を持っていたのではないかと思うのです。

『ハルヒ』や『AIR』は原作がすでに特別でした。

『ハルヒ』に関しては元々素晴らしい作品であったが、アニメ放送当時の原作小説の売れ方などを思い返すと、日の目を見たのは京アニのおかげという部分が大きいと思うものの、やはり原作の力というのが大きいと思います。

いくつかある京アニ原作の作品は、良作であるものの、3作品と比べそこまでのものではないと思っています。

つまり、繰り返しになりますが、つまり『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は内容的にはエポックメイキングな作品ではないと思っているのです。

比較的最近の2011年にKAエスマから小説が発刊されたことから考えると、自社原作作品については、まだまだこれからといった段階だと考えています。

ですが、私が『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を観て嬉しかったのは物語内容ではありません。

アニメで最も重要な、絵や映像の部分です。

“京アニクオリティ”は受け継がれている

私は映画館で作品を観て物語でも感動しましたが、映像は本当に美しく、見ているだけで全く飽きませんでした。

上映中、私は画面に釘付けになっていました。

これまで観てきた京都アニメーションの魅力的な映像、つまり“京アニクオリティ”をしっかりと感じることができたことです。

それどころか、これまでの京アニ作品の中で最も精緻に創られている作品だと感じました。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 – 永遠と自動手記人形 -』は本当に美しい、宝石のような作品でした。

私が観てきた「京アニクオリティ」についてと、今後について考えること

「京アニクオリティ」とは俗にネットなどで、京都アニメーションの絵作りを称賛する言葉です。

最近はあまり聞かれませんが、00年代後半はよく目にしました。

「京アニクオリティ」で検索すれば、その言葉が実際に使われているのを確認できます。

ともあれ、定義は曖昧ですが、京アニの作る映像はそんな言葉ができるほど優れているということです。

私がこの「京アニクオリティ」を目の当たりにしたのは『ハルヒ』でした。

それまでアニメなどほとんど観たことがなかった私ですが、深夜何気なくTVを観ていると「こんな時間にアニメなんてやってるんだ」と思い少し観ていたら、あっという間に惹き込まれてしまいました。

キャラクターの動きや表情はもちろん、髪の毛やスカートまでがこれまで観たことがあるアニメとは比較にならないほど細かくはためき、画面全体がとても生き生きとしている、と感じたのです。

私はこれ以来「どの会社が作ったアニメか」ということを意識するようになりました。

京アニは観る者に「こんなスゴいものが作れるのか」と思わせる会社なのです。

しかしこの度の事件で、その「京アニクオリティ」を作り出す中心的なクリエイターが複数人命を落とし、関係者や会社組織にも深刻なダメージを与えました。

亡くなられた方を悼み、大きな傷を負った関係者の方々へほんの少しの気持ちだけでも寄り添うことができたらと思います。

しかし同時に、当事者からすればそれどころではないかもしれないが、ファンとしては「また京アニ素晴らしい作品を観たい」と思う気持ちもあると思います。

これは裏を返せば、「事件後もまたあのクオリティのものを作ることが出来るのか」という不安です。

私もこのような不安を抱いていました。

ですが、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 – 永遠と自動手記人形 -』を観て、「大丈夫だ」と思いました。

つまり、「京アニクオリティ」をしっかりとそこ感じることができたのです。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』はTVアニメの時から、次世代を担う若手を中心によって製作されたと聞いています。

監督の藤田春香さん、キャラクターデザイン・総作画監督の高瀬亜貴子さん、美術監督の渡邊美希子さん、色彩設計の米田侑加さんといったメインの方々も実績はあるが、まだ若い人たちです。

彼らが中心となって作った今作品は、これまでの名作に劣るところはないと思います。

もちろん亡くなった、特にこれまでの京アニで中心的な役割をしてきた方々がそばにいたからこそだとは思うのですが、若いクリエイター達にその技術は継承されているように見えました。

また事件直後、これまでの作品の原画やその他製作における重要な資料も全滅の恐れがあるという最悪の事態も報道されましたが、後にサーバーなどに一部生き残ったものがあるということがわかりました。

これはファンとしてよかったと思うだけでなく、なくなってしまった方々の創ったもの、言ってみれば生きた証と言えるものが残り、受け継がれていくという希望を持つことができるということです。

部外者が勝手なことを言えるものではありませんが、生み出したものが別の人に受け継がれていくということの意味は限りなく大きなもので、困難な状況でしょうが京アニにはそれをしていってほしいと思うのです。

次作『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を楽しみにしている

2020年には『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が上映される予定となっています。

『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』公式サイト

『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』2020年4月24日 劇場公開。新しい時代が到来し、世界が大きく変わっていこ…

今、現場で制作に携わっている方々がどのような想いでいるか、会社がどのような状態かわかりません。

また、どのような作品ができあがるか、その内容も質もわかりません。

ですが私は、その公開を大きな期待をもって楽しみに待っています。

そして、きっと「これぞ京アニ」と言えるような作品になると思っています。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 – 永遠と自動手記人形 -』を観て、そう思いました。

おわりに

辛い思いをしている人に、軽はずみに「頑張って」などとは言えません。

ファンに過ぎない私ですら事件のニュースやその映像を見るだけでも、胸を締め付けられる思いになります。

関係者の方々の痛みは、察するに余りあります。

ですが今、京都アニメーションの方々がおそらく必死の思いで作っている作品を、私はすごく楽しみにしています。

そして、きっといい作品を観ることができると、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 – 永遠と自動手記人形 -』を観て思ったのです。

以上、個人的な推察や感想も含め、思った通りのことを書いてきました。

センシティブな話題も含まれていますので、不快に感じることがあったら申し訳ありません。

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