「地道な修行」が描かれている『ドラゴンボール』『SLAM DUNK』『HUNTER×HUNTER』の教育的価値

  • 2019年8月26日
  • 2020年3月18日
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小学生YouTuber「ゆたぼん」という人を知りました。

私は、彼のような人を見ると『ドラゴンボール』『SLAM DUNK』『HUNTER×HUNTER』の3作品を思い出します。

というのもこの超有名3作品は、ただ単に面白いから名作というわけではなく、その中で語られている内容が教育的に非常に良いと思うからです。

 「不登校は不幸じゃない」といった、小学生YouTuber「ゆたぼん」の一連の発言や活動が話題になっています。

私は、彼がそう思うに至った背景や事実関係も知りませんので、彼自身やその親についてとやかく言うつもりはありません。

ですがニュースなどを見て思うのは、彼のような人間や考え方はこれまでもたくさんあったなあということです。

例えば「学校の勉強やテストの点数よりも大切なことがある」というような話は、もはやどこの誰が言っていたかその元ネタがわからないくらい目にしたり耳にしたりします。

現実の子どもの悩み相談などではもちろん、ドラマやマンガなど様々なフィクションでも見た覚えがあります。

そしてその耳障りのいい言葉は、割と世に受け入れられている考え方であるという気がします。

私はこのようなことを言う人や考えには同意しかねるのですが、それは置いておいて、そのような人を見るといつも少年ジャンプの3つの作品が思い浮かべるのです。

それが『ドラゴンボール』『SLAM DUNK』『HUNTER×HUNTER』です。

言わずとしれた超名作ですね。

結論から言うと、これらの作品は「学校の勉強やテストの点数よりも大切なことがある」と言った考えとは正反対の作品です。

共通するのは「地道な修行」が描かれているということです。

私は子どもはもちろん大人の教育にとっても、この「地道な修行」こそが大切だと思うので、それをまとめてみます。

「地道な修行」が描かれている『ドラゴンボール』『SLAM DUNK』『HUNTER×HUNTER』

ここから漫画の実際の場面を紹介しながら今回のテーマの「地道な修行」について説明していきます。

まずは『ドラゴンボール』です。

『ドラゴンボール』 理想の師匠・亀仙人

『ドラゴンボール』世界的な人気を誇るマンガです。

バトルマンガとして人気を博していますが、個人的には初期(アニメで言えば『ドラゴンボールZ』以前)のバトルだけでなく、ギャグやお色気もあるあたりが好きです。

そしてここで取り上げるのもその頃の場面です。

単行本3巻で、主人公の孫悟空は後に生涯の友人となるクリリンとともに亀仙人という師匠のもとで、天下一武道会という武術大会に向け修行をします。

ですがこの亀仙人は2人に拳法の修行はしません。

当然、悟空とクリリンは疑問に思うのですが、結果的に自分たちでも驚くほどの力を身に着けます。

そして、その修業のときに語られる亀仙人の考え方がすごく魅力的でなのです。

ここでは画像とともに、そのセリフを引用します。

※以下、「鳥山明 『ドラゴンボール』3巻 集英社」より引用します。また句読点などは筆者によります。

さて、これから昼メシまではお勉強タイムじゃ!

カラダだけをいくらきたえても一人前の武道家とはいえん

頭も修行せんとな

鳥山明 『ドラゴンボール』3巻 集英社

武道家には一見関係のない勉強も大切な修行の1つです。

関係ないと思えるような知識や経験も後々意外なところで役に立つというのはよくあることで、それを老人はよく知っています。

悟空も嫌がっていますがしっかりやります。

亀仙流武術の基本はおまえたちふたりがこの7ヶ月間毎日やってきた修行の中にすべてふくまれておる

自分では気づいておらんようじゃが目も拳も脚も体すべてそして頭のなかまで鍛えられておるはずじゃ

拳法というのはただそれらの応用にすぎん

武道は勝つためにはげむのではない

おのれに負けぬためじゃ

そのためにこれまで習得した基本を生かし自分で考えて自分で拳法を学べ

鳥山明 『ドラゴンボール』3巻 集英社

修行は拳法を習得するために必要な組手などは一切せず、牛乳配達や畑仕事、勉強などをします。

しかし亀仙人は、武道家として強くなることとは一見関係ないそのような修行こそが基本であり基礎で、自分で考えそれを応用するだけだと説きます。

そして、その修業の結果が次の画像です。

悟空とクリリンは、気づかないうちに自分たちでも驚くほど高く跳べるようになっています。

地道な修行をしてきたことで、いつのまにか大きな力がついています。

もちろんこれはマンガの表現ですが、現実世界でもスポーツや受験勉強など、基礎をしっかり身につけた人ほどその後伸びていきます。

このような修行を行う亀仙流のには次のような考えがあります。

よく動き、よく学び、よく遊び、よく食べて、よく休む

これが亀仙流の修行じゃ

鳥山明 『ドラゴンボール』3巻 集英社

マンガのセリフに過ぎないといえばそれまでですが、私は真理だと思います。

この中には悟空に対する勉強のように、「やりたくないこと」も含まれます。

しかし、師匠としてこれを伝え、実践できる亀仙人は理想の師匠だとです。

そして、実はこの修業を終えた時点で単純なパワーに関しては2人は亀仙人を超えてしまいます。

ですがこのような理念や生き方を弟子に伝え、導くことができるのが師匠であり、大人であるということだと思います。

『SLAM DUNK』 基礎、そして自分で考えることの大切さ。

『SLAM DUNK』は言わずとしれたバスケットボール漫画の金字塔です。

連載当時、中学・高校のバスケットボール部は部員が爆発的に増えたそうで、日本のバスケットボールのプロ化にも影響を与えたと言われています。

またスポーツ的な視点だけでなく、物語や登場人物のセリフなどは、多くの読者の心に響くもので、海外にもファンが多い、名作中の名作です。

「あきらめたらそこで試合終了ですよ」というセリフは、SLAM DUNKを読んだことがなくても知っているという人もいるのではないでしょうか。

ここでは、そのセリフの発言者である湘北高校バスケ部監督の安西先生をはじめ、キャプテンの「ゴリ」こと赤木剛憲、そして主人公・桜木花道のセリフや考え方を見ていきたいと思います。

※以下 「井上雄彦『SLUM DUNK 完全版』集英社」 より引用します。

基礎が大事

『SLAM DUNK』の主人公・桜木花道は中学時代は手につけられない不良でしたが、高校に入学し、同級生でありバスケ部キャプテン赤木剛憲の妹である赤木晴子に一目惚れし、湘北高校バスケットボール部に入部します。

しかし、もともとバスケとは無縁の不良であり、入部の動機も「晴子にいいところを見せて親しくなりたい」という不純なものであった桜木は、カッコつけることばかりを考え、バスケ初心者であるにもかかわらず基礎的な練習をしようとしません。

基本がどれほど大事かわからんのか!!

基本を知らんやつは試合になったらなにもできやしねーんだ!!

井上雄彦『SLUM DUNK 完全版』第1巻 集英社

桜木は地味な基礎練習に嫌気が差し、ダンクのようなド派手なことをやろうとばかりしますが、キャプテン赤木に叱られます。

「基本が大事」というのはスポーツだけではなく、どのようなことにも通じることです。

ここで桜木は一度逃げ出しますが、また戻ってきます。

地道な努力はいつか必ず報われる

井上雄彦『SLUM DUNK 完全版』第1巻 集英社

晴子にそう言われ、そしてその頃から晴子への想いだけでなく、バスケへの情熱が芽生え始め、バスケット選手としてだけでなく、人間的のも加速度的に成長していきます。

前にも言ったが基本を知らん奴は試合ではなにもできんのだ!!

井上雄彦『SLUM DUNK 完全版』第2巻 集英社

桜木はそれでも時々、派手なプレーをしたいという色気を出しますが、そのたびに赤木は「基本が大事」ということを繰り返し教えます。

こうしていく中で桜木は成長していきますが、バスケは素人なので、当然失敗をします。

全国出場をかけた大事な一戦で敵にパスをしてしまうといった大きなミスを犯してしまった桜木は、頭を坊主にして反省します。

そして見た目だけではなく、内面的にもしっかり成長していくのです。

「基本が大事!!」だろ?ゴリ

井上雄彦『SLUM DUNK 完全版』第13巻 集英社

「基本が大事」という赤木がこれまで何度も言ってきたことの意味を、桜木は理解するようになります。

人は楽しいこと、面白いことをしたいと思います。

ですが、それを本気でやろうとするとその中には楽しいことだけでなく、基礎練習のように地味なことやつまらないこともあります。

しかしそれこそが、やろうとしている楽しいことをより楽しく、そして人生において意味のあるものにすることなのです。

そして、桜木が学んだ「基礎が大事」という赤木の考えは、バスケ部顧問・安西先生から受け継がれているものです。

安西先生は、大学のバスケ部監督時代に谷沢という才能あるプレーヤーを指導していました。

安西先生は谷沢に期待していたので、特に厳しく指導し、大事な基礎的な練習を課していました。

基礎がないとどんな才能も開花することはないからな

井上雄彦『SLUM DUNK 完全版』第17巻 集英社

谷沢のチームメイトは基礎の大切さと、それ故谷沢に期待する安西先生の指導者としての思いに気づいていましたが、谷沢本人は理解できていませんでした。

やめてやる!!

オレがやりたいバスケはここにはねえ!!

井上雄彦『SLUM DUNK 完全版』第17巻 集英社

谷沢はそう考え、安西先生のもとから離れ、一人バスケの本場アメリカへ旅立ってしまいます。

しかし、本人が望むような結果にはなりませんでした。

まるで成長していない……

井上雄彦『SLUM DUNK 完全版』第17巻 集英社

アメリカに行っただけで、基礎をおろそかにしていた谷沢は伸び悩みます。

うまくいかないことから日本との連絡を取ることは無くなっていきます。

そして5年後、薬物の使用も疑われるような状態で交通事故を起こし、その生涯を終えることになります。

これ以後、安西先生は大学での厳しい姿勢から一転、温和な指導者となります。

しかし、「基礎が大事」という考えは変わらず、無名の赤木を全国区の選手に育て上げ、その指導は桜木にも伝わっていきます。

それが桜木花道という、谷沢を超える才能を成長させていくことになるのです。

自分で考えることが大切

湘北高校のバスケ部の監督となった安西先生は、大学時代ような厳しく口うるさい指導はしません。

基本的なことはキャプテンである赤木に任せ、大事なところで口を出すといった放任主義にも近いものです。

しかし、そのやり方はあまりに言葉少ないため、ネット上などでは時折「もっと具体的な指導ををすれば……」といった意見や、「それをしない安西先生は無能指導者」などといったことも言われています。

しかし、大学時代から矢沢に対してその「基礎の大切さ」を直接的には伝えていないように思われます。

それがあの不幸につながり、またネット上での誤解につながっているとも言えなくないですが、その「あえて言わない」ことが安西先生の指導法であり、また、現実でも重要で効果的なやり方だと思うのです。

「あえて言わない」とはなにか。

それは「自分で考えさせる」ということです。

主人公・桜木花道の同学年のチームメイトでありライバルでもある流川楓は作中に登場する人物の中で、最高レベルの才能と技術を持っています。

しかし、まだ高校一年生ということや元々我が強い性格もあり、プレーは独りよがり、でその持っている能力を完全には発揮できません。

安西先生はその事に気づいているのですが、それを直接言いません。

流川に対してもやはり、わかりやすい指導はしないのです。

流川は物語の最後の試合である山王工業との一戦の中で、自分に足りないものに気づくことでその才能を発揮し、日本一の高校生・沢北栄治を倒し、湘北を勝利に導きます。

その流川に足りないものとは、試合の中で味方を使うことです。

味方を使うことでプレーの幅が広がり、元々持っている個人の能力が最大限に活かせるようになるのです。

言葉にすれば簡単なことですが、なぜ安西先生はそのことを言わなかったのでしょうか。

それは自分で考え、気づき、試行錯誤することが人間が成長する上で最も大切だからだと私は考えます。

簡単に答えを教えるのではなく、答えに至るまでの道こそが人を最も成長させるからです

そしてそれは本人にしかできないことなのです。

『SLAM DUNK 完全版』23巻

知っていながら自分で見つけさせようとしています。

もし、その答えを口で伝えていたら、手っ取り早く流川はプレーヤーとして成長し、試合にも楽に勝てていたかもしれません。

ではなぜ、安西先生がそうしなかったのかと言うと、私はプレーヤーとして成長し試合に勝つことももちろん重要ですが、自分で考え、答えを導き出すことでその後より能力は伸びると考えており、それが何よりも重要だからではないでしょうか。

さらには、これは想像ですが、そのほうが人間としても成長すると考えているだとも思います。

手っ取り早い技術の向上や目先の勝利よりも、選手としてはもとより人間としても、その後のより大きな成長が大事だということです。

「問題解決能力」というのはスポーツにおいてだけではなく、生きていく中で非常に重要な能力です。

そしてそれは、答えを与えられるのではなく、自分で考えることでしか身につけることができません。

ちなみに現実のサッカーでも、スペインのバルセロナなどで選手として、そしてさらに監督として、革新的なアイデアで世界一強く美しいチームを作り上げたヨハン・クライフは、監督をしていた時、試合中にどうすればよいか指示を求めてきた選手に対して「自分で考えるんだ」とピッチへ送り返しています。

クライフであればどういうプレイをすればよいか指示できたであろうし、そのほうがその試合の勝利をより確実なものにできたでしょうが、そうしなかったのです。

そのやり方は、安西先生と同じものだと言えます。

登場人物で1番これができているのは、意外にも桜木だと思います。

安西
「自分一人が初心者という状況で、それでもなんとかしようと、いつも彼なりに必死に考えながらやってるんですよ…」

木暮
「上達が早いわけだ…!!」

井上雄彦『SLUM DUNK 完全版』第11巻 集英社

初心者・桜木はシュートが下手くそなので、ファウルをもらってもフリースローが入りません。

ですが、それをなんとかしようと、突然試合中に下から投げるという方法でフリースローを決めてしまいます。

桜木は自然とそれを実践し、自分で考えアイデアをひねり出し、成長していく人物なのです。

「自分で考え、試行錯誤し、時には人の話に耳を傾け、答えを出していく」

また、全国大会の前のシュート練習でも桜木は自分で考えています。

もーちょっとボールは高く上げた方がいいかな…明日オヤジ(安西先生)に聞いてみよう

井上雄彦『SLUM DUNK 完全版』第17巻 集英社

そしてさらに、最初は人の意見をなど聞かなかった桜木が、安西先生に聞いてみようとしています。

自分で考えると同時に、人の意見や考えに「聞く耳を持つこと」も大切なことです。

そこには自分の知らなかった考えや物の見方があるからです。

しかし「聞く耳を持つこと」を人に教えるのは難しいことです。

安西先生も谷沢のときは失敗してしまいました。

厳しい指導者から温和な指導者への変化は、ショックからだけでなく、その指導のあり方を考え、安西先生自身も成長したと言えると思います。

湘北では、(そこでも完璧な指導者ではないでしょうが)優れた指導者で、赤木はもちろん、桜木と流川という谷沢を超える才能を育てています。

そのやり方は、安西先生が答えを教えるのではなく、自分で考えさせ、試行錯誤させ、答えを出させるというものです。

「指導者」というのは目標や答えに引っ張っていく人物ではなく、正しい道を指し示し、導く人物です。

「正しい道」とは多くの場合、例えば「基礎・基本」であったり、先人たちが築き上げてきたものでしょう。

その道を歩いていくのは指導者ではなく、指導を受ける者です。

だから安西先生は、わかりやすく答えを教えるのではなく、口数少く、自分自身に考えさせるようなやり方をしているのです。

正しい道を外れそうになったときだけ口を出し、手を差し伸べるのです。

そしてそれこそが、その人を最も成長させるやり方だからです。

ただ否定し突き放すでもなく、肯定し寄り添うだけでもない、絶妙な距離感で正しい道を指し示すことこそがあるべき指導です。

安西先生の指導はそのようなもので、現実でもそのような人物はおり、その人物に出会うことができたら、幸せなことであり、人生の財産となるでしょう。

『HUNTER×HUNTER』 「正しい考え方」を身につけることの有用性

長期の休載をはさみながらも現在も連載し、驚異的な人気を誇るマンガ『HUNTER✕HUNTER』にも修行の場面が多く描かれています。

例えば、主人公のゴンが自分の父親が作ったゲームの中で出会ったビスケは、少女のような見た目ながら実はゴンよりもはるか年上で「念能力」の達人です。

ゴンはビスケに修行をしてもらうことになるのですが、その修業はSLAM DUNKの練習と同じようにかなり基礎的なものです。

特に、念能力に関しては自分の得意な系統だけでなく、不得意な別の系統もバランス良く鍛えると応用力が身につき、自分の能力がより発揮されるという教え方をしています。

(ここでは「念能力」という設定の詳しい説明は省略させていただきますが、その設定を確認するためだけでなく、『HUNTER✕HUNTER』自体がめちゃくちゃ面白いので、ぜひ読んでいただきたいです。)

※以下 「冨樫義博『HUNTER✕HUNTER』集英社」より引用させていただきます。

自分の系統だけを修行してもいいんだけど、それだとどうしても応用のきかない使い手になってしまうし効率も良くない……実はバランス良く他の系統の修行もやると自系統の覚えも早くなるの。

冨樫義博『HUNTER✕HUNTER』第15巻 集英社

得意なこと、やりたいことだけではできることの幅が広がっていきません。

また、不得意なこともしっかりやったほうが自分の能力を効率よく伸ばし発揮できるというのも面白いです。

これは『ドラゴンボール』の亀仙人も同じことを言っていましたね。

「急がば回れ」ということでしょうか。

ですが、この場面もいいのですが、『HUNTER✕HUNTER』で紹介したいのはここではありません。

私が取り上げるのは、ゴンたち人類の敵となる外来生物キメラアントの王・メルエムの成長です。

キメラアントは蟻に過ぎなかった

詳しくはやはり作品そのものを読んでいただきたいのですが、キメラアントとは、「外の世界」からやってきた外来生物で、まさに蟻のように繁殖して数を増やしていきます。

その中で「王メルエム」が生まれ、種族の中心となるのですが、キメラアントの特徴は他の生物を食べることによってどんどん進化していくことです。

作中では人類を脅かすほど進化してしまい、主人公のゴンとその仲間たちが戦っていくことになります。

物語の中で、キメラアントは人間を食べることによって、まるで人間のように組織や社会を作るほど進化します。

しかし本質は虫であり、社会と言っても人間の真似事のようなもので、兵隊たちは自分勝手な行動をし、王であるメルエムにしても暴力による支配を基本とし、邪魔者は排除していきます。

単純な力に関しては比類ない存在となるのですが、まだ人間が対抗できないものではありませんでした。

しかし、1人の人間の女性の登場によってメルエムは変わり成長していくのです。

ボードゲーム「軍儀」のチャンピオン・コムギ から「定石」を学ぶ

メルエムは頭脳も優れ、暇つぶしのようにやっているチェスや囲碁もあっという間に覚えてしまい、人間の実力者を次々と負かしていきます。

ですが「軍儀」という将棋に似た作中に出てくるオリジナルのゲームのチャンピオンである少女・コムギには何度やっても勝てません。

それどころか、もともと軍儀のチャンピオンであったコムギはメルエム以上に上達していき、メルエムにとって超えられない壁となって立ちはだかります。

また、そのことが物語に重要な意味を持つですが、それは別の話なので、興味のある方はぜひ『HUNTER✕HUNTER』を読んでいただきたいと思います。

さて、軍儀は将棋のようなボードゲームであり、論理的なゲームです。

ですので、やはり決まった攻め方や守り方、その時々で正しい一手、つまり「定石」があります。

定石とは「論理的に正しい考え方、考える道筋、考えの型」と言えます。

囲碁でいう「正着」と言っても良いでしょう

メルエムはどんどんその定石を自分のものとし、軍儀においても驚異的な速さで進化していきます。

結局コムギに勝つことはできないのですが、この軍儀を通して論理的な思考を身に着け、対峙する相手の動きや呼吸を読む力を身に着けていくのです。

何故斯様な者から論理の究極とでも表現すべき美しい棋譜が泉の如く生み出されるのだ……!?

冨樫義博『HUNTER✕HUNTER』第24巻 集英社

メルエムはこのコムギとの軍儀の勝負の中で、単純な力だけではない能力があることを知り、それを身につけていきます。

そしてその能力がもともと持っている力と合わさり、メルエムは人類最強の使い手をも圧倒する存在となります。

ハンター協会会長・ネテロとの戦い

王メルエムを始めとするキメラアントの目的は、人類を含め、あらゆる生物種の頂点に立つことです。

そのため人類と戦うことになります。

戦う相手は人類の代表で、格闘や念能力において、作中の登場人物の中でも最強クラスの使い手であるハンター協会会長・ネテロです。

ネテロは老齢もあり全盛期ほどの力はなく、また単純な力ではメルエムには及びません。

しかしネテロは人間としての経験や知能、そしてこれまでの「1日1万回、正拳突きの型をそれのみ何年も続ける」という、狂気ともいえる修行により身につけた人智を超えた力により、単純な力で攻めてくるメルエムと対等どころか、寄せ付けずに戦います。

しかし徐々にメルエムがネテロを上回り始めます。

それはコムギとの軍儀の勝負の中で身につけた定石、つまり正しい道筋での正しい考え方により、ネテロの穴を看破していくからです。

所詮は傀儡の拳、型通りの動作しかできぬ。……その組み合わせをすべて検証し、奴が更に新しい掌打を出さざるを得ない角度からの攻撃を導き出す!!

個には必ず特有の呼吸がある。
無意識のうちに好む型・嫌う型があり、自ずとその者独自の流れを形作る。
呼吸の流れを掴めさえすれば、幾多ある技の枝から奴がどれを選択するかを探ることは充分に可能!!

冨樫義博『HUNTER✕HUNTER』第28巻 集英社

将棋(作中での軍儀)と同じ発想です。

これによりネテロはとうとうメルエムの攻撃を受け、個としての一対一の戦いに敗れてしまいます。

ちなみに、ネテロは「正拳突きの型」、メルエムは「軍儀の型(=定石)」により力をつけました。

双方とも「型」を学んでいるのです。

ですが、それでもメルエムがネテロを上回ったのは、ネテロが1人で修行していたのに対し、メルエムはコムギとの対決の中でその方を学んだからだと私は解釈しています。

つまり、「型」により自分の能力を成長させているのは同じですが、メルエムはコムギという相手のいる勝負をしていたことにより、ネテロとの戦いの中でも相手の「型」「呼吸」を読むことができるようになっていたのです。

実際にメルエムはネテロに攻撃が届いたとき次のように言っています。

コムギとの対局が予知のごとき先見を可能にした……!!

冨樫義博『HUNTER✕HUNTER』第28巻 集英社

『HUNTER✕HUNTER』はこのような話の組み立てが抜群にうまく、読み応えのある面白い作品です。

正しい考え方を学ぶこと=「型」を真似ること

さて、少し話がずれましたが、重要なのは「定石」であり「型」です。

「定石」と「型」を別の言い方をすれば、「論理的に正しい考え方」「考える道筋」「考えの型」といえます。

メルエムはこの「型」を、重要な場面(=ネテロとの戦い)ではなく、戦いとは関係のない軍儀の中で身につけています。

そしてそれが、ネテロとの戦いの勝利を決定づけています。

現実世界で型とは何でしょうか。

将棋やスポーツにおける「型」など、その答えは様々あると思いますが、そのうちの大切なものの1つは「学校の勉強」だと私は考えています。

「学校の勉強」というのが気に入らなければ、それは、これまで様々な偉大な人物が考えた末に得た結果や成果と、そこに至るまでの考えの方法や道筋といってもいいです。

例えば、小学校で学ぶ「三平方の定理」もその1つで、これは「ピタゴラスの定理」ともいわれます。

つまり学校では、人類史上でも類まれな賢人であるピタゴラスの型・考え方を学ぶことができるのです。

それを自分で考え出せるという人がいればいいですが、学校で学べるのはピタゴラスの定理だけでなくその他様々な定理はもちろん、その基礎とな型である、四則計算や読解力なども学んでいきます。

それらをすべて自分一人で考え、導き出せるという人は存在しないでしょう。

もしできるとしても、すでにピタゴラスを始め多くの偉人が考え出したものをパクったほうが早く、効率がいいです。

「パクる」とは「真似をする」ということです。

そして「真似る」とは「学ぶ」の語源とされています。

学校とは、これまで人類が考え・導き出してきた「型」を「学ぶ」場所なのです。

私は現在の学校のあり方に疑問を持つ部分は大いにあります。

なにより私自身学校が大嫌いでした。

ですがだからといって、そこで学べることの内容には決して蔑ろにできなものが多くあると考えています。

「義務教育」というのは伊達ではないのです。

学校という組織を信じ、学校の先生に従順に、言われたことに唯々諾々と従えとは絶対に言いません。

しかし、そこで学べる内容には敬意を払い、身につけるべきだと思っています。

補足『ONE PIECE』は対極にある

件の小学生Youtuberゆたぼんの麦わら帽子をかぶった格好は、上に挙げた3つのマンガと同じく、週刊少年ジャンプに連載されている『ONE PIECE』の主人公・ルフィを想起させます。

『ONE PIECE』は単行本の売上に限れば、ジャンプ史上どころかマンガ史上最高の売上を誇る大人気作品です。

しかし私は、エンターテイメント的な面白さはともかく、内容的には『ドラゴンボール』『SLAM DUNK』『HUNTER×HUNTER』に大きく劣ると思っています。

というのもその理由の1つは、まったくないとはいいませんが、『ONE PIECE』には他の3作品と比べて「地道な修行」の場面が描かれていないからです。

私が見落としているのでなければ、ルフィの技「ギアセカンド」は、どこでどのように取得したのか描かれていないのです。

『ONE PIECE』全編を通して、多くの場合、主人公たちが技を身につけるのは突然です。

少なくとも、紹介した他の作品のように論理的な練習や修行によって習得したとはされていません。

つまり人が努力し、試行錯誤して何かを達成することの面白さと、そこからくる教育的な効果という点で、3作品と『ONE PIECE』は対極にあるのです。

ゆたぼんが『ONE PIECE』に影響を受けているかはわかりませんが、彼の格好と言動は象徴的だと感じます。

おわりに

昨今、自分の考えや自分の意志を何よりも優先するという考え方が、支配的になりつつある気がしています。

たとえばそれは最近であれば、ゆやぼんや、いわゆる「インフルエンサー」と呼ばれる人たちに目立ちます。

そしてその考えに、多くの人達が肯定的に付き従っているように見えます。

私はその状況を危惧しています。

確かに、経営者などのリーダーは、自分の信念のものに決定を下していかなければなりません。

また、普通の人でも、先行きが不透明なこの時代においては頼れるのは自分であり、自分の意志で何事も決めていかなければならないと考えるのは、必要なことだと思います。

しかし、社会で即座に生活に役に立つことも重要ですが、直接役に立たない学校の勉強も大切なのです。

つまり興味のある分野だけでなく、興味のない、面白くないことも様々経験しながら、自分で考えつつも人の話にも耳を傾け、「基礎」や「地道な修行」を積み重ねていかなくてはならないということです。

『ドラゴンボール』『SLAM DUNK』『HUNTER×HUNTER』野さん作品は単純に面白いだけでなく、そんな「地道な修行」の大切さを教えてくれている名作なのです。

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